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仙台地方裁判所 昭和32年(行)13号 判決 1960年8月17日

原告 志賀忠治郎

被告 宮城県知事 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告宮城県知事の被告千葉養助に対する昭和二十二年七月二日付自作農創設特別措置法第十六条に基く宮城県宮城郡多賀城町市川字作貫六十番畑七畝十七歩についての売渡処分は、無効であることを確認する。被告千葉養助は前項記載の畑が原告の所有であることを確認し、かつ右畑につき昭和二十四年十二月三十日仙台法務局塩釜出張所受附第二六三〇号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、請求の趣旨記載の畑は、原告の祖父志賀喜代蔵が訴外志賀実の先代より借り受け、以来約五十年に亘り原告方において小作して来たものであるところ、原告は昭和二十三年三月五日頃被告知事より自創法第十六条に基き右畑についての売渡期日を昭和二十二年七月二日と定めた売渡通知書の交付を受け、その所有権を取得したものである。

二、しかるに、原告が前記売渡通知書の交付を受けた後、被告千葉も又被告知事より自創法第十六条に基き本件畑についての売渡期日を昭和二十二年七月二日と定めた売渡通知書の交付を受け、さらに昭和二十四年十二月三十日仙台法務局塩釜出張所受付第二六三〇号をもつて右畑の所有権移転登記を経由している。しかし、前記のとおり被告千葉が売渡通知書の交付を受ける以前、既に原告が売渡通知書の交付を受け、本件畑の所有権を取得していたのであるから、被告知事の被告千葉に対する売渡処分は無効であり、前記移転登記はなんら実体関係を反映しない無効な登記といわねばならない。

三、よつて、原告は被告らに対し請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため、本訴に及んだ、と述べ、被告らの主張事実を否認した。

(立証省略)

被告ら各訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実第一項は知らない、同第二項中被告千葉が本件畑につき原告主張のとおりの売渡通知書の交付を受け、その主張の日にその旨の移転登記を経由したことは認めるが、その他の事実は知らない。

仮りに、原告が本件畑につきその主張のとおりの売渡処分を受けたとしても、右売渡処分は次のような事情によつて撤回されたのである。即ち、

被告千葉は、昭和二十二年四月十六日訴外志賀信一より宮城県宮城郡多賀城町(当時は多賀城村)市川字作貫五十八番宅地九百二十四坪を買い受けたのであるが、原告は右訴外人の所有当時右宅地の管理人としてその一部を建物を所有して或いは畑として使用していたところ、被告千葉の所有後もひき続き無償でこれを使用していた。原告は、多賀城村農地委員会に対し右宅地のうち原告が使用している地域を自創法に基き被告千葉より買収して、原告に売渡すべきことを申し入れた。ところが、右宅地の所有者である被告千葉は在村地主であり、かつ保有面積内の土地であつたから、同委員会としてはいわゆる強制買収をし得ない状態にあつた。そこで、同村農地委員が昭和二十三年十月頃仲に入り、原告と被告千葉とを話し合わせた結果、(一)被告千葉は原告に対し、前記宅地のうち宅地として二百七十坪、畑として七畝二十歩の所有権を移転する。その代償として、原告は被告千葉に対し、当時既に自創法に基き売り渡しが決定していた本件畑の所有権を移転すること。(二)右所有権移転の方法として、前記宅地については自創法に基く買収、売渡処分の手続をとつて貰うことを申請すること、本件畑については原告に対する売渡手続を取り消し、あらためて被告千葉に対し自創法に基き売渡の手続をするよう申請することなる契約が成立し、多賀城村農地委員会もこれを承認して、昭和二十三年十二月二日前記宅地のうち二百七十坪及び畑として七畝二十歩についての買収計画及び原告に対する売渡計画を樹立すると同時に、原告に対する本件畑についての売渡計画を取り消し、その頃原告にその旨の通知をすると共に、あらためて被告千葉に対する売渡計画を樹立したのである。従つて、右のとおり原告に対する本件畑についての売渡計画は有効に取り消されているのであるから、右計画に基く売渡処分もその効力を失つたというべきである。

仮に、右の主張が理由がないとしても、被告千葉に対する売渡処分を無効と解すべきでなく、二重の売渡処分が併存していると解すべきところ、原告は未だ本件売渡処分に基き登記を得ていないのであるから、所有権の取得をもつて、登記を得た被告千葉に対抗できない。と述べた。

(立証省略)

理由

被告千葉が宮城県宮城郡多賀城町市川字作貫六十番畑七畝十七歩につき、被告知事より自創法第十六条に基き売渡期日を昭和二十二年七月二日と定めた売渡通知書の交付を受け、昭和二十四年十二月三十日その旨の移転登記を得たことは、当事者間に争いがない。

成立に争いがない甲第一号証、証人鈴木正介の証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二十三年三月三日頃被告知事より自創法第十六条に基き本件畑についての売渡期日を昭和二十二年七月二日と定めた売渡通知書の交付を受け、その売り渡しを受けたものであり、前記被告千葉に対する売渡処分は、原告に対する処分の後になされたものであることが認められる。

成立に争いがない甲第一ないし第三号証、丙第四号証、証人鈴木正介の証言により真正に成立したものと認める丙第一ないし第三号証、証人赤坂甚太郎、鈴木正介、遠藤貫平、宮沢清治、鈴木源之助の各証言並びに原告、被告千葉各本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和二十二年中頃多賀城村農地委員会に対し、被告千葉所有の字作貫五十八番宅地九百二十四坪のうち原告が宅地並びに畑として使用している部分を自創法により買収して、これを原告に売渡すべきことを申請した。しかし、被告千葉は在村地主であり、その所有耕地は法定保有面積に満たないので原告申請の土地を自創法によつて強制買収することはできなかつたから、右村農地委員会は被告千葉に対し原告申請の土地の自創法による買収方を申出るよう勧告したが、同被告はこれに応じなかつたので、同委員会が原告と右被告との間に立つて種々斡旋の労をとつた結果、昭和二十三年十月頃、原告と被告千葉との間において(一)被告千葉は原告に対し、右作貫五十八番宅地九百二十四坪のうち宅地二百七十坪及び畑七畝二十歩の所有権を譲渡し、原告はその代償として同被告に対し本件畑の所有権を譲渡すること、(二)右所有権移転の方法として、被告千葉は農地委員会に対し右作貫五十八番宅地のうち前記地域につき自創法による買収方を申出て、原告は右地域の売渡方の申請をすること、本件畑につき原告に対してなした売渡処分を取消し、あらためて同被告に対し自創法に基き売渡手続をとつて貰うことの協議がととのつたので、右村農地委員会は、右協議を承認して、右協議の結果に従い昭和二十三年十二月二日作貫五十八番宅地のうち宅地二百七十坪及び畑七畝二十歩の買収計画を樹立し、一方昭和二十四年五月二十四日付で県農地委員会を経由して被告知事に対し、本件畑についてさきに樹立した売渡計画の売渡相手方欄に記載した原告の氏名は錯誤に基くものであるから、これを被告千葉と修正する旨の申請を提出したところ、被告知事はこれを許可し、右村農地委員会を経由してさきに昭和二十三年三月三日附本件畑の外三筆の農地売渡通知書を原告に交付してあつたのを、あらたに本件畑の部分を朱抹した前記三筆の農地売渡通知書を原告に交付し、更に被告千葉に対し本件畑の売渡通知書をそれぞれ交付したこと、を認めることができる。

以上の認定事実によれば、さきに原告に対してなされた本件畑の売渡処分は、その後原告の同意により適法に撤回されたもの、というべきである。

然らば、右売渡処分によつて原告が本件畑の所有権を有効に取得したことを前提とする原告の本訴請求は、その他の争点についての判断をまつまでもなく、理由がないこと明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 渡部吉隆 丹野益男)

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